恒星間彗星3I/ATLASをめぐる攻防──「12の異常」は本当に異常なのか?最新論文で徹底検証
- ACIMA WORLD NEWS 編集部

- 11月21日
- 読了時間: 12分

2025年秋、恒星間彗星 3I/ATLAS(スリーアイ・アトラス)をめぐって、世界の天文学者のあいだで静かな“綱引き”が続いています。
一方のリーダーは、ハーバード大学のアヴィ・ローブ教授。「3I/ATLASには少なくとも12個の異常がある」として、ときには「人工物(テクノロジー)」の可能性まで含めて議論を進めています。
もう一方の中心にいるのが、彗星研究の第一人者デビッド・ジュイット(UCLA)とジェーン・ルウ(オスロ大学)のコンビ。彼らは最新論文 “Preperihelion Development of Interstellar Comet 3I/ATLAS” のなかで、3I/ATLASの明るさの変化やアンチテイル、塵の振る舞いが「古典的な彗星物理」でかなりうまく説明できることを示しました。
この記事では、
「ローブ教授の“12の異常”のうち、どこまでがジュイット&ルウ論文で“ふつうの彗星”として説明されてしまったのか?」
を、なるべく専門用語を抑えつつ、でも本気で整理してみたいと思います。
1. そもそも3I/ATLASとは?(ざっくり整理します)
3I/ATLAS は、観測された軌道が強い双曲線軌道(e ≫ 1)であることから、「太陽系には束縛されておらず、一度通過したら二度と戻ってこない恒星間天体」と判定された天体です。
主なポイントだけ押さえると:
3番目の恒星間天体1I/オウムアムア、2I/ボリソフにつづく3つ目の “Interstellar Object” として 3I と命名されました。
速度がとんでもなく速い太陽系内を通過するあいだ、
発見時点で約 22万km/h(約61 km/s)
近日点付近では約 25万km/h(約70 km/s)という、文字どおり“飛ぶような”スピードで駆け抜けていっています。
氷が蒸発している“ちゃんとした彗星”ハッブルや地上望遠鏡の観測から、核のまわりにガスと塵からなるコマ(coma)が確認され、CO₂(二酸化炭素)の昇華が主なエンジンになっていることが分かってきました。
大きさは直径およそ0.44〜3.8km程度と推定HSTの最新解析(2025年11月時点)では、アルベド0.04〜0.1程度を仮定すると、核の直径は 約0.44〜3.8 km の範囲と見積もられています。
つまり「遠い別の恒星系から飛んできた、かなり元気なCO₂主導彗星」というのが、現時点での“教科書的な”描写です。
2. ローブ教授のいう「3I/ATLASの12の異常」とは?
ローブ教授は、Medium上のエッセイ“Do the Anomalies of 3I/ATLAS Flag Alien Technology or an Unfamiliar Interstellar Iceberg?” などで、3I/ATLAS には「少なくとも12個の異常」があると主張しています。
これらについては当ブログでも再三お伝えしていますし、すべてを細かく列挙すると(また)長くなるので、ここでは3つのジャンルに分けて整理します。
(1) 軌道・幾何学まわりの異常
ほぼ黄道面に沿った“薄い”軌道
火星・木星・金星などとの接近タイミング
地球から見て「観測しづらい」配置で近日点を通過したこと など
→ 「あまりに“都合の良い(悪い)軌道”ではないか?」というのがローブ側の問題提起です。
(2) 物理・組成まわりの異常
水が非常に少なくCO₂リッチ なガス組成(JWST等の観測では、水は“検出限界以下≲数%”程度とされる)
近日点前後で、「色が太陽より青っぽくなった」と報告されたこと
極端な偏光(光の振動方向)のふるまい …など
この「太陽より青い」現象については、最近の議論では、
塵の大きさや組成・散乱のしかたが変化すると、結果的に“青っぽく見える”ことは自然な範囲で起こり得る
という解釈が増えており、「必ずしも“超常的な異常”とは言えないのでは」という意見も出ています。
(3) 尾・ジェット・明るさの異常
今回、ジュイット&ルウ論文と直接ぶつかるのがここです。
太陽方向側に明るい構造が見える、「アンチテイル」状の形がはっきり現れたこと
近日点前後の急激な明るさの上昇
数百万kmスケールで細く保たれたように見えるジェット
大量のガス・塵を吹き出しているのに、核が壊れていないこと など
ここで注意したいのは、「アンチテイル」という用語自体は本来、
太陽・彗星・地球がほぼ一直線に並んだとき、本来は惑星軌道面に沿って広がっている塵の分布が、地球から見ると“太陽の方向側にとがって見える” 投影効果
を指す現象名だということです。ジェットそのものが“太陽に向かって噴き出している”とは限りません。
ローブ教授は、これらの現象を総合して:
「“自然な”彗星モデルの延長だけで説明するのは無理がある。未知のタイプの氷山か、何らかの技術的産物まで含めて検証すべきだ」
という立場を取っています。
3. ジュイット&ルウ論文が示した「ふつうの彗星」像
ここで登場するのが、2025年11月11日に Astrophysical Journal Letters に掲載されたDavid Jewitt & Jane Luu, “Preperihelion Development of Interstellar Comet 3I/ATLAS” です。
3-1. 明るさの変化:n = 3.8 は「かなり普通」
ジュイットたちは、カナリア諸島ラ・パルマ島の北欧光学望遠鏡(NOT)で、2025年7〜9月にわたって3I/ATLASを集中的にモニターしました。
太陽からの距離:4.6〜1.8 au の範囲
固定“角度”ではなく、固定“線形半径(1万km)”の測光アパーチャを使用→ これにより、「距離による見かけの広がり」の影響を丁寧に排除
その結果、太陽距離 rH に対する明るさの変化は
明るさ ∝ rH^(-3.8±0.3)
という“きれいなべき乗則”で説明できることが分かりました。
ジュイットは、既知の太陽系彗星の統計(Lacerda et al. 2025)と比較したうえで、
この n=3.8 という値は、「新彗星」「古い彗星」どちらのグループの中にも普通に存在する範囲であり、
この値だけから「3Iは特別に“熱的に加工されている”とも、“まったく新鮮な氷だ”とも判定できない」
と結論づけています。
つまり、
「少なくとも、明るさの上昇のしかただけを見て『史上例のない異常』とまでは言えない」
というのが、観測サイドからの冷静な答えです。
3-2. アンチテイルから“ふつうの尾”への変身
NOTの画像を時系列で並べると、
7月初旬:太陽方向側(西側)に広がる“扇形の塵ファン”が支配的で、反太陽方向の尾はほとんど見えない。
8月以降:徐々に反太陽方向(東向き)の尾が伸びはじめ、9月には完全に「普通の彗星っぽい尾」が支配的になる。
ここで重要なのは、
初期の「太陽側に偏って見える構造」は、地球からの見え方(投影)が効いているアンチテイル的な見え方に加えて、実際に太陽側に向かって塵が噴き出している成分も含まれている
とジュイットたちが解析している点です。
ジュイット&ルウは、この「アンチテイル → 通常の尾」への約1か月遅れの変身を、
「半径100μm程度の大きな塵粒子が、わずか5m/s程度の低速で、主に太陽側に噴き出している。そのため放射圧で反太陽方向に押し流されて“尾”として見えるまで時間がかかる」
という、非常にクラシックな彗星モデルで説明しています。
さらに、尾の明るさの減衰プロファイルを測ると、距離に対してほぼ r^-1.5 という「放射圧で掃かれた塵の尾」に典型的な形になっており、“途中で蒸発してしまう特殊な氷粒”のような挙動は見えていないと報告しています。
3-3. 質量放出率:強いが「常識外れ」まではいかない
NOTの測光から推定された塵の質量放出率は、おおよそ:
太陽距離2 au で 約180 kg/s
近日点(1.36 au)まで外挿すると ~400 kg/s
一方、ハッブル宇宙望遠鏡や電波観測から得られた
100μm塵のモデル(~120 kg/s)
CO₂ガスの放出率(~125 kg/s)
と比較すると、「オーダーとしてはよく一致している」とされています。
つまり、
「3I/ATLAS はかなり“よく噴く”彗星だが、それでも既知の明るい彗星の延長としてギリギリ説明可能なレベル」
というのがジュイットチーム側の評価です。
4. 「12の異常」vs「ジュイット&ルウ」 対応表
ここで、ローブ教授の“異常リスト”のうち、今回の(ジュイットチームの)論文が直接かすっている部分を、ざっくり対応表にしてみます。
項目 | ローブ教授の主張(要約) | ジュイット&ルウ論文の見解 |
明るさの急増(ヘリオセントリック・インデックス) | 近日点前に、過去の彗星と比べて“異常な速さ”で明るくなっている。異常の一つ。 | n=3.8±0.3 と算出。Lacerdaらの統計と比べると、太陽系彗星の分布の中で「ごく普通の範囲」。熱履歴や“異常”を示す証拠にはならない。 |
アンチテイル(太陽方向側に見える構造) | 太陽方向に伸びる尾は投影効果だけではなく、異常シグナルの一つ。近日点後も続いていることもおかしい。 | アンチテイル的な見え方自体は認めつつ、「半径100μmの大粒子が太陽側にゆっくり噴き出し、放射圧で押されて約1か月かけて反太陽尾になる」という古典的モデルで説明可能と計算。尾の明るさプロファイルも“普通の放射圧尾”と一致。 |
ジェットに必要なエネルギーと表面積 | 数百万kmスケールのジェットをCO₂昇華だけで支えるには、HSTが推定した核サイズよりはるかに大きな吸収面積が必要で、“常識外れ”。 | NOT測光と他観測を組み合わせると、塵質量放出率は数百kg/sオーダー。CO₂の昇華モデルと整合的で、「強く活動的だが、完全に異常とまでは言えない」レベルに収まる。 |
2I/Borisovとの比較 | 3Iは2Iと同じ「恒星間カテゴリー」でありながら、振る舞いがかなり違う。これも異常の一部。 | 2Iの明るさ変化は n≈1.9 と非常に小さく、“ほぼ一定の断面積”に近い。3Iのn=3.8は、むしろ太陽系彗星の典型範囲。異常なのは3Iというより、どちらかといえば2Iの方。 |
こうして見ると、
ローブ教授が「異常シグナル」として拾っているうち、“明るさ”“尾の変化”“塵の性質”に関する部分のかなりの割合は、ジュイット&ルウ論文により“普通の彗星物理”の中に吸収されつつある
という構図が浮かび上がってきます。
5. どこまでが「普通」で、どこからが「まだ謎」か?
では、「3I/ATLASはもう全部“普通の彗星”として片付いたのか?」というと、そう単純でもありません。
5-1. 観測側が「ほぼ普通」と見ているところ
明るさの増え方(n ≈ 3.8)
アンチテイル→通常の尾への時間発展
100μm級の大粒子+低速噴出モデル
質量放出率(数百kg/s)のオーダー
これらは、ジュイット&ルウらの精密な測光とモデル計算によって、「強いけれど、まだ“自然彗星の範囲”に収まる」と判断されています。
NASAの公式FAQも、現時点では
「3I/ATLASは、太陽に近づくにつれて加熱され、ガスと塵を吹き出す典型的な活発な彗星として振る舞っている」
というスタンスを取っています。
5-2. それでも残る「謎」のエリア
一方で、ローブ教授が指摘する「12の異常」の中で、まだ決着していない論点も多く残っています。
軌道や“タイミング”の偶然性をどう評価するか
CO₂リッチで水がほとんど見えないなど、組成の異常さをどう理解するか
偏光観測や色の変化(太陽より青くなった現象)に潜む情報
Wow! シグナル方向との位置関係をどう考えるか(“数度以内”で近い方向に見えることをどう解釈するか)
最新の電波探査で、「技術的な電波信号は見つからなかった」ことをどう解釈するか
ここはまさに、今後の観測・解析しだいで評価が変わり得る“グレーゾーン”です。
6. 3I/ATLAS「ざっくりまとめ」
(忙しい人のための1分サマリーです。)
■ 1. ローブ教授は「少なくとも12の異常」があると主張
軌道の配置
水がほぼ無く CO₂リッチ
アンチテイル、巨大ジェット
明るさの急増などを総合し、“未知の氷山 or 技術的人工物”の可能性も排除すべきでないという立場。
■ 2. 一方、最新のJewitt & Luu論文(2025)では
北欧光学望遠鏡(NOT)での詳細観測により、
明るさ ∝ rH^(-3.8) → 太陽系彗星でも普通に見られる範囲
アンチテイル → 通常尾への変化は、100μm級の大粒子を低速(5m/s)で噴出する“古典的な彗星”モデルで説明可能
水はほぼ検出されず(≲4%)・CO₂が主役
質量放出率も数百kg/sで整合的→ 「強いが十分“自然”の範囲で説明可能な彗星」という結論。
■ 3. つまり、ローブ派 vs 観測派の構図は
ローブ: 異常の積み重ね → 自然モデルでは説明しきれない
観測派: 一つ一つ丁寧に見ると → ほぼ既知彗星の延長で説明できる
という “健全な科学的攻防” の状態。
■ 4. 現時点で確実に言えること
3I/ATLASはCO₂主導の非常に活発な恒星間彗星
“異常”と言われる現象の多くは、最新観測で説明可能
ただし、
組成の偏り
近日点での色変化
太陽系外での形成環境など 本質的な謎はまだ残っている
■ 5. 科学は進行中:次は近日点後の観測が鍵
JWST・HST・地上望遠鏡のデータがさらに出そろう
尾の変化、ガス組成、粒子サイズ分布の“時間進化”が判明
ローブの提起する「12の異常」が本当に異常なのか、2026年前半までにかなり判定がつく
7. アシーマとしての見解
☆「異常」vs「ふつう」を、言葉でつなぐ役割を担いたい☆
3I/ATLAS をめぐる議論は、
観測データを積み上げる“慎重派”(ジュイット&ルウ、NASAなど)と、
既存モデルでは説明しきれない部分に注目する“攻めの理論派”(ローブ教授)
の「健全な緊張関係」のうえに成り立っています。
どちらか一方が「正解」で、他方が「間違い」という話ではなく、
データが増えるたびに、 既存モデルのどこをアップデートすべきか、 どこまでを“自然”とみなし、どこからを“本当に異常”と呼ぶべきか
という問いを、科学コミュニティ全体で少しずつ詰めている段階だと言えます。
株式会社アシーマは、
一次論文(今回のジュイット&ルウ論文のような専門論文)やテレグラム、NASA公式情報と、
ローブ教授のような“問題提起型”のエッセイやインタビュー
の両方をていねいに読み解き、日本語で、バランスの取れた“橋渡し役”を務めていきたいと考えています。
また、宇宙科学・国際ニュース・テクノロジー分野の情報は、英語の一次情報を正確に読み解けるかどうかで、受け止め方が大きく変わります。
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■参考文献
Jewitt, D., & Luu, J. (2025). Preperihelion Development of Interstellar Comet 3I/ATLAS. ApJL, 994, L3.
Cordiner, M. A., et al. (2025). CO₂ Outgassing from Interstellar Comet 3I/ATLAS. ApJL, 991, L43.
Lisse, C. M., et al. (2025). JWST Constraints on Water in 3I/ATLAS. RNAAS, 9, 242.
Martinez-Palomera, J., et al. (2025). TESS Photometry of 3I/ATLAS. arXiv:2508.02499
Ye, Q.-Z., et al. (2025). Early ZTF Observations of 3I/ATLAS. ApJL, 993, L31.
Tonry, J., et al. (2025). ATLAS Survey Observations of 3I/ATLAS. arXiv:2509.05562
Yang, B., et al. (2025). Water Ice Absorption in 3I/ATLAS. ApJL, 992, L9.
Cloete, R., Loeb, A., & Vereš, P. (2025). Constraints on Nucleus Size. arXiv:2509.21408
Keto, E., & Loeb, A. (2025a, 2025b). Sublimating Ice Models for 3I. arXiv:2509.07771 / 2510.18157
NASA Goddard Space Flight Center. (2025). FAQ: 3I/ATLAS.



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