RNA液滴が約3%の遺伝子変異で空洞と動きを獲得 人工細胞研究の新発見
ドイツのハイデルベルク大学などの研究チームが、人工的なRNA(リボ核酸)の液滴にわずかな遺伝的変化を加えることで、内部に空洞が生まれ、液滴が微小な距離を動き、分子を取り込む機能が現れることを実験で示した。
研究結果は2026年10月7日、査読誌『Nature Chemical Engineering』に掲載され、13日にハイデルベルク大学が発表。16日には共同研究先のアウクスブルク大学も解説を公開した。すでに生きた人工細胞が完成したという発表ではない。研究の新しさは、単純な分子集合体の「設計図」の違いを、形や機能の違いに結び付けて実証した点にある。
「設計図」と「形」を結ぶRNA液滴
研究チームは、星形に組み合わさるRNA分子(RNAナノスター)が互いに結合し、膜を持たない液滴を作る系を使った。RNAナノスターはDNAの鋳型から転写される。そのDNAの鋳型をRNA液滴の内部に取り込めることも確認された。
生命の進化を考えるうえでは、遺伝情報が変われば、それを持つ系の性質も変わるという「遺伝子型と表現型の結び付き」が重要になる。研究チームは、RNA液滴にこうした結び付きが生じる実験系を示した。
ただしDNA鋳型を液滴に保持すること自体は、細胞のように独立して生活し、世代を重ねながら自律的に増殖できることを意味しない。
約3%の変異で生まれた長寿命の空洞
研究者らはDNA鋳型に変異を導入して形の変化を調べた。すると、変異率が約3%、RNAナノスターの鋳型当たり平均約7塩基が変化する条件で、液滴内に空洞(液胞、vacuole)が現れた。空洞は数日から数週間にわたり安定する場合があった。
この現象は、DNAが変わったことで転写されるRNAの相互作用も変わり、液滴内部の成分分布が不安定になることと整合する。チームは次世代シーケンシングと理論モデルで、空洞の形成に寄与する変異体を絞り込み、混合実験でも挙動を検証した。
変異率3%と混合比2%を混同しない
論文や大学の解説には「約3%」と「約2%」の二つの数字が登場する。約3%はDNA鋳型に導入した変異率の目安。一方、空洞形成には、RNA液滴の半径が約20マイクロメートルを超え、変異由来の成分が約2%以上含まれる条件が重要だった。別の物差しであり、「2%だけ遺伝子が変わった」と言い換えるのは誤りだ。
微小な動きと分子の貯蔵も確認
空洞は単なる模様ではなかった。内部で液胞の配置が変わることに伴い、液滴はマイクロメートル単位で移動し、変異のない液滴より遠くまで動いて衝突・融合する頻度が増えた。空洞内部へ小さな分子を取り込み、保持することもできた。
これは細菌が泳ぐような自律運動とは異なる。運動も分子の貯蔵も試験条件で観測した現象であり、自然界で生き残る能力や、環境に応じて自己繁殖を続ける能力が確認されたわけではない。

人工生命への距離と今回の独自の意義
第一の意義は、設計段階で複雑な機能を一つずつ作り込む代わりに、少数の変異から新たな形と性質が生じる仕組みを示したこと。第二は、その形態変化をシーケンシング・実験・物理モデルの組み合わせで説明し、単なる観察報告にとどめなかったことだ。
第三に、生命の起源を研究するため、細胞膜を持たない分子集合体でも、遺伝情報の変化が構造や機能に結び付くことを調べられる。現在の結果から「生命を人工的に創った」とは言えないが、生命らしい性質がどの段階で生じるかという問いに、検証可能な実験材料を提供した。
研究者らは将来、特定の免疫機能を持つ合成システムの開発にも応用したいとしている。ただし、それは研究構想であり、医療用途で有効性が実証された製品ではない。
日本の読者にとっての意味と今後の焦点
ALife研究は必ずしもロボットやコンピューター上のデジタル生命に限られない。今回のRNA液滴のように、実際の分子から生命に似た仕組みを組み立てる「ボトムアップ型」の研究も重要な一領域だ。通常の生成AI製品の話題とも異なる。
次に注目したいのは、変異と機能の違いが連続した世代で安定して受け継がれるのか、そして外部から条件を整え続けずに自律的な増殖と選択が進むのかという点だ。これらが確認されて初めて、「進化する人工細胞」という表現をより強い意味で検証できるようになる。
一次資料・画像出典
アウクスブルク大学公式発表:https://www.uni-a.de/en/campusleben/neuigkeiten/2026/10/16/synthetic-cells-new-functions-through-mutation/
画像:William Verstraeten/CC BY 4.0。





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